2025年6月第2回

今の時代に鉄分多めの方が、’たまがわ線’って言われて思い浮かぶのは、西武の

多摩川線か東急多摩川線だと思いますが、アッシなんかが、いの一番にカラッポの

お頭の中に思い浮かべんなぁ、渋谷から二子玉川園まで国道246号線上ゴロゴロと

1969/05の廃止まで走っていた、玉電こと東急玉川線でございます。そこで、今回の

駅撮りは、玉川線の車庫が在った大橋をアップいたしましたが、246上に安全地帯を

備えていた、大橋電停の画像を探したけど発見できなかったで、大橋車庫で撮影した

画像のみでお許しを。朝のラッシュが終わって車庫には、車両が結構停まってたけど、

満足にスナップ出来たのは、当時運用されていた車両の中じゃ2番目に古いけれど、

最古参デハ30形と窓配置以外ほぼ同型、戦前製造のデハ40形48号車だけでした。

大手の軌道線とは思えない、古びた検収庫にずらり並んでお昼寝中の車両の先頭は、

右にデハ30形39号車。左にデハ40形41号車でございます。当時、30形や40形の古い

車両は、ラッシュ時以外の稼働率は低く、大半の車両が大橋車庫に転がってました。

デハ40形51号車が、履いていた台車を一コマだけ抜きでスナップしていたけど、何故

撮ったかは、記憶が消滅してしまいました。もしかしたら、左軸箱横の銘板狙いかも。

前出のデハ40形48号車を挟んで右にデハ80形101号車、左に96号車が並んでます。

左右の80形は戦前製造の旧型車から臓物貰った更新車なんで、世田谷線に行けず、

玉電廃線と同時に廃車されっちまいました。とくに、右の101号車は、オデコのライトと

サボ受けを外された状態で一番奥に停まってっから、既に休車になってたかも。なお、

玉電廃止された後大橋車庫は、東急バスの営業所になったけど、現在は首都高大橋

ジャンクションになっちまいました。交通渋滞よっか実際は、首都高3号線に潰された

玉電、車庫だった処まで最後は、高速道路に潰されちゃうとはね。

東京急行電鉄 玉川線 大橋 1968-?

 Photo by 団長

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