近鉄西青山にて

 

今から34年前の1974年10月、先輩に誘われて三重・奈良県方面を訪れたことがありました。
僅 か一日の車で撮影行でしたが、私にはあまり馴染みの無い近鉄や関西本線などを訪ねる
ことができました。その時に近鉄大阪線西青山駅で一時間ほどすごしまし たが、次々に来る
近鉄特急はとても魅力的な存在でした。またすでにローカル使用になっていましたが、往時の
名車2200形なども撮ることができました。
し かし1975年11月22日 三軒家信号所〜垣内信号所間が複線の新線に切りかわり、
私鉄最長の新青山トンネルが開通。これに伴いこの区間の旧線は廃止され西青山駅も現在の
位置に移 転。今回UPした西青山駅も旧青山トンネルも今は廃線めぐりでしか見ることができません。
今回この時の様子をUPしましたがなにぶん昔のこと、また近鉄に関してはほとんど車輌の知識も
無く、間違った記憶や記述もあるかと思いますが、ご容赦下さい。

 

西青山駅に侵入する上本町発急行 車輌は2610系で両開き4ドアのクロスシート車。1970年登場の2600系に
冷房を装備し、でそれまで急行に使用されていた2200系や2250系などの旧型車に替わっていった。

西青山駅を通過し、青山トンネルに向かう

当時の花形名阪特急ビスタカー10100系。写真はB編成による三両編成。名古屋方が流線型車輌であった

こちらは上本町へ向かう特急10100系ビスタカー。こちらは貫通型の全面形状です。

特急同士の交換風景。青山トンネルは単線だった為にこのような
光景が見られた。車輌は12000系スナックカーと11400系エースカー

交換ののち上本町方面に向かう列車。前3両は11400系だが後ろの二両は京都線直通18200系で、
京都〜伊勢方面用の特急車として、1966(昭 和41)年に登場した車両。当時の京都・橿原線系統は、
架線電圧が600Vで、車両限界も他線区より小さかったため、複電圧車として製造、車体も同時期に 
登場した11400系などより全長・全幅ともやや小振りになっています

西青山に侵入する3120型ローカル列車。もともとは大阪線初の新製特急車2250系で、1950年代の近鉄の
看板特急車であり、端整なデザインと車内設備、強力なパワーを誇る当時の優秀車であった。ク3120形は
サ3020形からの改造車

当時の最新特急12000系と待ち合わせをするかっての名特急モ2200系

ぽっかりと口をあけているのが旧青山トンネル。1930年に開通した単線の
トンネルで全長3,432m、トンネル内は直線で33パーミルの勾配となっていた。

当時の近鉄の顔10100系と往時の名車2200系の交換 2200系は参宮急行電鉄が製造した我が国
初の本格的な長距離急行電車であり、33‰の急勾配をものともせずに疾走した名車であった

名張へ向かう2200系のローカル列車

こちらは正確にはどこで撮ったのか定かではありません。2610系の急行列車

12200系特急、当時の近鉄特急は2〜9両のバラエティに富む列車が走っていました

 

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