2024年10月第3回

最盛期150万人余/日の足として200km余の路線が、都内を網の目の様に走ってた

都電も桜田門や霞が関の愚策為、その殆んどが廃止となっちまったけど、旧王電の

開業した27系統の一部と32系統だけは、専用軌道率が多かった為に廃止を免れて

都電荒川線として現在も三ノ輪橋〜早稲田間を結んでます。今回の駅撮り探検団は、

その都電荒川線終点早稲田電停今昔でございます。最も今って言っても車両見りゃ

2011年にゃ、お役御免となった7500系なんで、些か古めのデジタル画像なんだけど、

早稲田電停の写真はこれっきゃ持って無いのです。一応グーグルストリートビューも

確認してみたけど、2023/9の撮影を見た限りアップの画像と変わった処無い様です。

そして、50年前(1974/7)に松原物故団員の撮った、荒川線改称を数か月後に控えた

都電32系最後の夏、早稲田電停を出発する7000系と到着する7500系でございます。

電停の位置は、現在と同じ大隈通りと交わる交差点の新目白通り上けど、御覧の通り

新目白通りの早稲田電停以東は、まだ開通工事の真っ最中でございました。そして、

後方で停車中の7500系は、ワンマン化以前のほぼ原形の姿を保っている様ですね。

それにしても、改めて2枚の画像を見比べると50年の時の流れは、アッシ等なんかの

想像を絶する様な大激流だったんですね。50年前の早稲田、ローカル感ハンパ無し。

上 都電 荒川線 早稲田 2009 4

Photo by 団長

下 都電 32系統 早稲田 1974 7

Photo by 松原の親方

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