2024年6月第5回

久しぶりの銀塩画像でアップの駅撮りは、松原物故団員撮影の中湧別でございます。

中湧別言えば、霞が関や赤レンガ辺りのお陰か、本線を名乗る線区の中で唯一全線

廃線となった、名寄本線の主要駅の一つでした。また、名寄本線より早く国鉄末期の

1987/3に廃止された湧網線の起点駅、さらに名寄本線湧別支線の起点駅、当駅より

3線が分岐するジャンクションでした。駅の構造は。駅舎南端接し片面ホーム1番線と

跨線橋で結ばれた、島式2・3番線が千鳥状に配置された、南北に長い構内でした。

その島式ホーム2番線に停まってる3両編成下り列車、後2両は当時の道内各線にゃ

履いて捨てるほど居た、キハ22にまず間違い無しでございますが、先頭の気動車は、

道内じゃ3両だけだった10系気動車のレア形式の一つ、キユニ17のトップナンバーで

ございます。隣の3番線にも客扱い中のキハ22湧網線網走行きが、停まってますね。

コチラは、結構大きかった駅舎のエンタランス部分、出入口のドア越しに見えんのは、

営業中のキオスクです。っと言う事は、キオスクが営業できるだけの乗降が、当時の

中湧別にゃ在ったですね。

  名寄本線 中湧別 1973-10

Photo by 松原の親方

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